大阪高等裁判所 平成3年(ネ)1261号 判決 1991年11月29日
控訴人
林優
右法定代理人後見人
林要次
控訴人
林要次
同
林信子
右三名訴訟代理人弁護士
神田靖司
同
大塚明
同
戎正晴
同
中村留美
被控訴人
安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
後藤康男
右訴訟代理人弁護士
安藤猪平次
同
内橋一郎
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(一) 原判決中、被控訴人に関する部分を取消す。
被控訴人は、控訴人林優に対し二〇〇〇万円、同林要次に対し五五〇万円、同林信子に対し四五〇万円及び右各金員に対する平成元年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
二 当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中、被控訴人に関する部分の記載と同一であるから、これを引用する。
1 控訴人ら
(一) 林由起子(以下「亡由紀子」という。)と分離前被控訴人三藪茂男(以下「三藪」という。)との同棲生活が夫婦としての社会的実体を具えておらず、内縁関係上の夫婦とは認め難いことは、次の理由から明らかである。
右両名の同棲生活は、同人らのみによって行われ、亡由紀子の実子である控訴人林優を受け入れておらず、又、右両名の働いた給料によって賄われ、一方に頼るという関係になく、さらに、結婚式あるいは披露宴によって社会に示されておらず、同一世帯として住民票に登録されたこともなかった。右両名は、同一の姓名を用いたことがなかった。亡由紀子の葬儀の喪主は同女の実父である控訴人林要次がつとめ、葬儀費用も同林要次が負担した。
(二) 自家用自動車保険普通保険約款(以下「約款」という。)一章三条は、保険会社の責任を拡張する規定であるのに引きかえ、同約款一章八条は保険会社の免責規定である。したがって、三条の規定する配偶者が内縁関係上の配偶者を含むと解釈されているからといって、同一文言についての解釈の整合性、統一性を理由に、八条の規定する配偶者についても内縁関係上の配偶者を含めて解釈すべき理由はない。
同約款の規定する配偶者について、内縁関係上の配偶者を含むかどうかについて明確にしていない以上、作成者不利の原則、免責規定における類推解釈禁止の原則から、三条の規定する配偶者には内縁関係上の配偶者を含むものと解釈し、八条の規定する配偶者にはこれを含まないものと解釈するのが合理的である。
夫婦という密接な関係にある生活共同体において、保険金目当てに夫婦間の示談、訴訟等の対立関係をつくることは社会的に好ましくないとか、馴れ合いによるモラルリスクを誘発し易いといった点に合理的理由はないから、約款一章八条の規定する配偶者が被保険者に不利に拡大解釈されて、内縁関係上の配偶者を含むものと解釈しなければならない理由はない。
2 被控訴人
(一) 約款一章三条の規定する配偶者には、内縁関係上の配偶者を含むものと解されており、特段の事由のない限り同一約款の同一用語は約款全体を通して整合性をもって統一的に解釈されるべきであるから、同八条の規定する配偶者にも内縁関係上の配偶者を含むものと解釈すべきである。
約款の免責規定の解釈については、契約者を保護するために拡大解釈禁止の原則があるが、約款一章八条の規定する配偶者に内縁関係上の配偶者を含めて解釈するのは同三条の規定する配偶者という用語との同一解釈の問題であって、約款の免責規定の拡大解釈の問題には当らないというべきである。
(二) 仮に、被控訴人に保険金支払義務があるとしても、約款六章一四条七号は、保険契約者は損害賠償の請求を受けた場合には、あらかじめ保険者の承諾を得ないでその全部または一部を承認してはならない、と規定し、同一五条三項三号は、契約者が右義務に違反した場合には損害賠償責任がないと認められる額を差し引いて保険金を支払う、と規定している。したがって、被控訴人は、三藪が被控訴人の承諾を得ないで、控訴人らの本件損害賠償請求を認諾したからといって、認諾した全額について保険金支払義務を負うものではない。
控訴人らは、約款に基づく搭乗者傷害保険金五〇〇万円を受領しているから、右五〇〇万円は控訴人らの損害額から控除されるべきであり、或いは、少くとも慰謝料額の算定において斟酌されるべきである。
三 証拠<省略>
理由
一当裁判所も、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由説示中、被控訴人に関する部分の記載と同一であるから、これを引用する。
1 原判決一五枚目裏一一行目の「右認定説示」の前に次のとおり付加する。
「右両名の同棲生活が亡由紀子の実子である控訴人林優を受け入れておらず、結婚式、披露宴によって社会に示されておらず、同一世帯として住民票に登録されていないこと、右両名が同一の姓名を用いたことがなかったこと、亡由紀子の葬儀の喪主、葬儀費用の負担者が亡由紀子の実父である控訴人林要次であったこと等は右認定を覆えすに足りるものではなく、」
2 原判決一五枚目裏一二行目から同一七枚目裏四行目までを次のとおり改める。
「2 前記のとおり、約款一章八条は、被控訴人は、被保険自動車で被保険者の父母、配偶者又は子の生命・身体が害された場合、それによって被保険者が被る損害を填補しない、と規定していることから、同条の規定する配偶者に内縁関係上の配偶者を含むかどうかについて、検討する。
<書証番号略>によると、約款一章三条は、被保険自動車を使用又は管理中の記名被保険者の配偶者を被保険者とする旨を規定しているが、記名被保険者の配偶者を被保険者に含めて保護するのは、配偶者が記名被保険者と身分的経済的に一体性が強く、一般に被保険自動車の使用頻度も高いと考えられていることによるものであるから、この点では、法律上の配偶者と内縁関係上の配偶者とを区別する理由はなく、同条項の配偶者には内縁関係上の配偶者をも含むものと解するのが相当である。そして、同一約款の同一用語は約款全体を通じて整合性をもって統一的に解釈するのが合理的であるから、約款一章八条の規定する配偶者についても同様に解釈するのが相当である。又、同八条の規定の趣旨は、夫婦という密接な関係にある生活共同体の中では加害者、被害者という観念を入れることは倫理的にも好ましくなく、馴れ合いによるモラルリスクを誘発し易すいことなどから、免責として取り扱うことにしたものであって、この点では、法律上の配偶者と内縁関係上の配偶者とを区別して取り扱うだけの理由はないものということができる。さらに、配偶者は、民法においては、法律上の夫婦の身分に関する規定では、公益上の要請から、戸籍法の定めるところにより婚姻届けをした夫婦の一方をいうものと解され、内縁関係上の配偶者を含めないといえても、財産的効果に関する規定では、むしろ内縁関係上の配偶者にも準用されているといえるのであって、財産的効果に関する八条の規定する配偶者の解釈においても、内縁関係上の配偶者を含めても、民法の建前から当を得ないものということにはならないということができる。
内縁関係上の配偶者が前記三条の規定する配偶者には該当するが、前記八条の規定する配偶者には該当しないと解すると、法律上の配偶者は三条の被保険者として保護されるかわりに八条の免責の対象者とされるのに引きかえ、内縁関係上の配偶者は三条の被保険者として保護される上に、八条の免責の対象者から除外されて二重に保護される結果となり、法律上の配偶者よりも有利に取り扱われるという不公平、不合理な結果を招来することになりかねないのである。又、前記八条は、免責規定であるから、契約保護者のために拡大解釈をすべきではないとしても、先に述べた理由から、八条の規定する配偶者に内縁関係上の配偶者を含めて解釈しても、拡大解釈の不合理があるものということにはならないというべきである。
したがって、前記八条の規定する配偶者には、内縁関係上の配偶者も含まれると解するのが相当であるから、被控訴人は、右規定に基づき、控訴人らに対し、本件保険金の支払義務を免れるというべきである。」
二以上の理由により、控訴人らの被控訴人に対する保険金支払請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決中の被控訴人に関する部分は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石田眞 裁判官福永政彦 裁判官山下郁夫)